1.わが国では、現在、長引く不況の中でリストラの嵐が吹き荒れ、経営悪化を理由とする解雇や賃金カット等の労働条件の一方的な切り下げ、サービス残業等が横行しています。人件費コストの削減のために正規労働者を派遣労働者やパート労働者に置き換える動きが強まっていますが、これら非正規労働者の労働条件は正規労働者に比べても著しく低いものにとどまっています。
日本国憲法は勤労する権利、労働者の団結権を基本的人権として保障し、そのもとで、賃金や労働時間、休暇等の労働条件の最低基準を定めた労働基準法、労働条件における差別を禁止した雇用均等法等の様々な労働者保護の法律が制定されています。しかし、わが国では、解雇や残業に対する法規制やパート労働者の権利保障が不十分であるなど、労働者保護の法整備は著しく立ち遅れたままであり、しかも不十分ながら存在する現在の法規制ですら実際の労働現場ではこれが守られず、労働者の権利が侵害されているのです。
2.労働者の権利が侵害された時、権利救済の最後の拠り所となるのが裁判制度です。しかし、わが国の労働裁判は、その役割を十分に果たしているとは到底言えません。
「裁判に時間と費用がかかり過ぎる。解雇を撤回させるまでに1年も2年もかかってしまう」「たった一度の残業拒否を理由として解雇できる、子どもがいる母親を大阪から東京に配置転換しても構わない等とする最高裁判決に見られるように、裁判所が労働者の生活への配慮や権利の救済に冷淡である」。こういった批判の声が強まっています。わが国で過労死やサービス残業に象徴されるような「ルールなき資本主義」と呼ばれる実態を作り出している一つの要因は、裁判制度が労働者の権利救済のために十分機能してないことにあると言っても過言ではありません。
現在、政府は司法制度改革推進本部を設置し、司法制度の大幅な見直しの準備を進めていますが、そのキャッチフレーズは、司法の機能を強化して、法(正義)の支配を社会の隅々にまで拡げることとされています。
そうであるとするなら、国民の大多数をしめる労働者の権利が迅速かつ適正に救済できるための労働裁判制度の改革こそ、司法制度改革の中心課題の一つと位置づけられるべきです。
3.また、同推進本部では、弁護士費用の敗訴者負担制度の導入が論議されていますが、これは極めて重大です。労働裁判はもとより、公害裁判や消費者裁判、行政の不正腐敗を追及する行政裁判等においても、原告である市民・労働者と被告である企業・行政の間には組織力、資金力に圧倒的な格差が存在し証拠資料も企業・行政側がその大部分を保有していることが多いという実情にあります。そのもとでは提訴する時点で必ずしも勝訴の見通しが十分持ち得ない場合もあることは当然であり、結果的に原告が敗訴することもあります。現在でも、労働者が裁判に立ち上げるには多くの障害と困難を乗り越えなければならないのが実情です。
このような中で、弁護士費用敗訴者負担制度が導入されるなら、市民・労働者が敗訴した場合には企業や行政の代理人となった弁護士費用をも負担しなければならなくなります。そうなれば、裁判の提起をあきらめる「泣き寝入り」を強いられたり、新しい権利の確立をめざす「フロンティア訴訟」が一層困難となることは火を見るより明らかです。それは、今次の司法制度改革の旗印である法の支配の確立という理念に反する事態を招くことになります。
4.私たちは、以上に述べた立場から、政府並びに司法制度改革推進本部に対して、次の通り緊急に要請するとともに、市民の皆さんによびかけます。
(1)労働者の権利が迅速かつ適切に救済されるように労働裁判制度の抜本的改革を行うこと。
@.労働裁判の権利救済を目的とする簡易迅速な裁判手続を導入すること。
A.労働裁判の審理に労使の代表を参加させる労働参審制を導入すること。
B.地方労働委員会の救済命令についての「五審制問題」を速やかに解決するための方策を講じること。
(2)弁護士費用敗訴者負担制度を絶対に導入しないこと。