全国最悪の長期審理「却下」事件となった

「スミケイ運輸事件」についての見解

2004年6月25日 

愛知地労委の民主化を求める連絡会議 

   

 


はじめに
 愛労委平成11年(不)第2号「スミケイ運輸事件」(以下スミケイ事件)は平成11年3月2日に申し立て以後、4年5ヶ月もたった平成15年7月28日に「却下」の決定が下された。決定は「労働組合法第27条第2項の継続する行為に該当するとはいえないので、本件申し立ては、1年の申し立て期間を経過した後になされたものとして却下」するというだけで、その他の理由は一切ない。
 地労委規則34条3項では「「申し立てが行為の日(継続する行為にあたってはその終了した日)から一年を経過した事件にかかわるものであるとき」としているが、却下の場合は審理に入らず、入った以後判明した場合にはわかった時点で却下されるのが通例である。これは「軽費で速やかな救済」を目的とした立法趣旨からいって当然のことである。
 しかし、スミケイ事件においては、審理に入る段階で申立人に対し釈明が求められた以後は、審理の途中でも、最終準備書面の提出時にも、和解交渉にはいる時にも参与委員から「除斥期間」が問題にされることはなかった。地労委が一方的に和解打ち切りを宣言した3ヶ月後に「却下」の決定が出され、初めて除斥期間が持ち出されたのが経過である。
 4年5ヶ月の審査期間には申立人や代理人などにばく大な時間と負担がかかっており、「軽費で迅速」を趣旨とする地労委の運営に問題がないか検証してみることが必要である。

(1)全国での地労委「却下」事例から
 中央労働委員会事務局のデータベースによれば昭和45年から平成11年までの29年間に全国で2,748件の地労委命令・決定が出されている。このうち全部救済902件、一部救済1,475件、棄却(または棄却および却下)は299件、却下は72件で全事件数のわずか2.6%しかない。さらに72件の却下事件のうち34条3項のみを理由に却下した事件は9件であり全事件数の0.3%しかない。この8件については具体的な事件の経過・審査期間を調査した。
 それによれば以下のように、ほとんど1年以内に決定がでている。

NO 事件名 事件番号 申立日 命令年月日 審理期間
三菱重工業 兵庫地労委 昭和46年(不)第4号 S46.3.29 S46.4.27 1ヶ月
東京海上火災保険 東京地労委 昭和46年(不)第90号 S46.11.2 S46.12.21 1ヶ月
山陽放送 岡山地労委 昭和48年(不)第7号 S48.7.20 S49.3.14 8ヶ月
富山県社会保険診療報酬支払基金 富山地労委 昭和47年(不)第1号-2 S47.3.17 S50.3.13 3年
昭和電工 福島地労委 昭和55年(不)第2号 S55.3.8 S55.11.27 8ヶ月
三菱商事 東京地労委 昭和60年(不)第74号 S60.8.21 S60.11.5 3ヶ月
高洋・三共運輸 大阪地労委 昭和62年(不)第24号 S62.3.18 H2.2.15 2年11ヶ月
関西電気保安協会 大阪地労委 平成 6年(不)第53号 H6.9.5 H7.4.13 7ヶ月
エッソ石油(薬物規制団交) 大阪地労委 平成 5年(不)第82号 H5.12.27 H10.8.19 4年8ヶ月


(2)1年を超過している3事件の詳細について
 NO.4の富山県社会保険診療報酬支払基金事件は事件番号(第1号−2)にもあるように、富山県地労委昭和47年(不)第1号事件として申し立てられたものであり、第1号−1(賃金差別事件の却下命令)と分離し、同時にだされた決定である。3年間の審理期間は賃金差別の実態調査を含めたもので除斥期間の審理にかけた時間だけではない。賃金差別の実態調査に時間を要することはめずらしくない。
 NO.9のエッソ石油事件(薬物規制団交)はスタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下ス労組)が申し立てた事件である。この事件、大阪平5(不)82は平成5年12月27日に申し立てられているが、ス労組はこの時点で大阪地労委に9件の申し立てを行っていた。またこの事件の命令がだされた平成10年8月19日までには他に11件の申し立てを行っており、当該事件と並行して計21件の事件の審査が行われたことになる。極めて異常な事例である。
 NO.7の高洋・三共運輸事件は大阪地労委に昭和62年3月18日に申し立てられた事件である。この事件は会社が組合に対し一方的に協約破棄を通告し、昭和59年4月21日以降の組合活動に対する賃金カットを行ったことについて争ったものである。地労委は会社がその後昭和59年10月10日までの分については返戻しを行ったこと、さらに60年7月12日のあっせん申請(60春闘)、60年9月30日の救済申し立て(60春闘)のなかにこの賃金カット問題をふれていないこと、昭和61年の団体交渉でこの問題について交渉申し入れをおこなったとする組合の主張の「事実を認める説明がない」として、「少なくとも(昭和60年9月30日)から1年5ヶ月以上経過した後申し立てられた」として平成2年2月15日に却下した。
 高洋・三共事件は決定までに2年11ヶ月を要しているが、その間に団体交渉や地労委への申請で賃金カットが問題にされたかどうかを調査し、その期間を除いて除斥期間を計算している。
 なお、昭和62年の大阪地労委には100件以上の新規救済申し立てがされており、現在の愛知地労委の年間10数件とは、はるかに多くの事件を取り扱っていた。

(3)長期審理期間の特徴
 以上のように全国の地労委事件とくらべてスミケイ事件の長期審理期間は際だっている。その特徴は以下の3点である。
 第一に却下される事件はその多くが受け付けで問題点を指摘されるため、却下の決定にいたる事件は2.6%しかない。その中でもスミケイ事件のように除斥期間だけを理由にした決定は極めてまれである。(総数の0.3%)
 第二に、受付時に判断できなかった場合でも、除斥期間の問題があきらかになった時点で申し立て人に通知され、大半は1年以内に審査を終了している。決定までに4年5ヶ月かけたことは過去29年間、全国の地労委事件の審査を通じて最長のケースといえる。
 第三に労使の団体交渉の有無、交渉期間を全く無視している。労働法は労使紛争の自主的話し合い解決を優先しており、それでも解決できないことがあるため「早期救済」を目的にして労働委員会制度がある。団体交渉の期間を除斥期間からはずすのは本末転倒である。
 事実上唯一、決定までに1年以上かけた事件である「高洋・三共事件」では団体交渉や地労委への申請内容を詳しく調査し、「少なくともこれだけの期間は団交等で問題とされていない」として除斥期間を判断している。
 一方、スミケイ事件の「決定」では平成9年1月1日の降格の後、平成9年1月16日から平成10年5月22日までに8回の団体交渉でこの問題を取り上げ、組合が異議申立て書を提出したことを認めている。ところが却下の決定理由においてはこれらの交渉事実は除斥期間に全く考慮されていない。

(4)審理・進行の問題点
 申し立て後の進行にも問題が多い。冒頭にも述べたが、地労委が「除斥期間」の問題を理由に却下の可能性を申立人に伝える機会は何度もあった。そのどこでも言っていれば長期化を防ぐことは可能であった。
 また審査では労働者委員が申立人の証言する審問廷を5回連続で欠席した。申立人が労働者委員に相談に行くと「秘書を通せ」「直接組合事務所にきては困る」「地労委以外では会わない」などの消極的な対応をしたことも長期化の要因の一つである。
 平成13年12月には担当委員3人全員が委員を交代した。そのため28回にわたる審問調書の内容を熟知するには困難があった。それもあってか委員が変わって最初の審問である平成13年12月27日、「終結」と同時に新委員は「和解」を提起した。しかしここでも「却下」の可能性は一言も言及されなかった。和解協議にあたって地労委の関与はほとんどなく、当事者まかせで、結局申立人側から譲歩した和解案をだすことになった。平成14年5月、申立人が和解案を出すと公益委員の小川委員は「(組合側が)ここまで折れてくれてありがたい」と言っていた。ところがこの和解案にすら会社は応じようとせず、地労委もまた全く関与せず「会社が困難と言っている」と言って和解打ち切りを宣言し、門前払いの決定を下した。

(5)地労委の場で不当労働行為
 この事件の審査中にも組合は会社の不当な妨害を何度も地労委に訴えた。例えば会社は有給休暇をとって審問傍聴にいった組合員を仕事中に呼びつけ強く詰問した。地労委の中で不当労働行為が行われるようでは地労委の面目丸つぶれであり、組合は強く是正を求めたが地労委は何も行動を起こさなかった。
 また長期化によって事件当事者である書記長が定年退職になるため、組合は和解について大幅譲歩し、組合事務所の貸与という最小限の案を提示した。上記にあるように公営委員も「ありがたい」といい、会社側の弁護士も「1組合だけ事務所を与えないのは問題だ」と言っていた。ところがわずか3畳の休憩室を組合事務所としてつかうこの和解案について、100%資本の親会社である住友軽金属がクレームをつけてきた。その結果和解が成立しなかった。申立人は、「不当労働行為によって和解がこわれるようでは地労委の権威に関わる」と地労委に会社に対して「不当労働行為を中止するよう指導せよ」と要請を行った。組合は会社側弁護士から送ってきたFAXを証拠として提出したが地労委は「これが本物かどうかはわからない」といい、「調査せよ」というと地労委は「それは申し立て事項に含まれていない」と事実の確認すら拒否した。

(6)申し立てた労働者が最大の被害者に
 この4年5ヶ月間には証人尋問などで31回、終結後も9回も地労委が開催された。組合や代理人がかけた費用と時間はばく大である。審理を傍聴するために毎回多くの仲間が休暇をとってかけつけた。4年5ヶ月のどの段階でも「却下」の可能性に言及があれば、防げた損失は少なく済んだにちがいない。
 また数多くの不当労働行為があり、救済が必要であったが、組合はこの事件の審査の長期化を避けるために次々と申し立てることをしないできた。却下の可能性が告げられていればこのようなことはしなかった。その結果、職場の労働者はさらに長期にわたって不当労働行為に苦しめられることになった。
 労働者が地労委に申し立てるのはよっぽどのことである。そこにはどれほどの苦しみがあり、その背景にはどれだけの不当な行為があるのか、それほどの想像力はいらない。しかし今回の事件は次々と申し立てなければ愛知地労委は何もしないことを示した。
 今回のスミケイ事件は愛知地労委がここまで機能を低下させていることを如実にものがたっている。とりわけ大企業に対してはモノが言えなくなっている。労働者委員が全員「連合愛知」推薦という構成となって以来、このような運営が問題とされなくなっていることも重大である。「片肺地労委」と言われる所以である。

担当委員 平成11年3月〜 平成13年12月〜
審査(公益) 田嶋 好博(弁護士)  小川 宏嗣(弁護士)
参与(労働) 相羽 良一(名鉄労組委員長) 中島 悦雄(中電労組委員長)
参与(使用) 高島 健二(経営者協会専務) 柴山 忠範(経営者協会常務)

(※肩書きは就任時)

以上


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